看護師として5年目の時に留学をすることを決意

私は看護師として5年目の時に留学をすることを決意しました。その経緯を少しお話できればと思います。波乱万丈な話ですが本当の話です。

看護師というストレス世界

看護師というのは女の世界ということもあるのでしょうか。
グループを作りたがり、別の輪を貶したり悪口を言ったり。
私はもともと手術室で働きたいという意思で看護師になりました。

病棟で働くと、いつも接する相手は患者さんになるため、どうしても愚痴の対象は患者さんになると聞いたことがあります。
しかしながら私達手術室の看護師は、意識のある患者さんを相手にする訳ではありません。
最初の挨拶ぐらいしか会話をしませんし、患者さんはまな板の鯉状態で、自己主張なども一切ありません。

そうすると普段相手をするのは先生や他の看護師などがメインになり、どうしても愚痴の対象が看護師同士になるのです。
私は昔からあまりグループを作ってという感じではなくあくまで一人行動が好きだったので、どこのグループにも属さない感じで毎日を送っていました。

しかしそれが裏目に出たのでしょうか。どっちの味方なのかと迫られることもあり、どこにも属さない私は逆に他のグループから愚痴をいいやすい人間になり、面と向かって嫌味や、「嫌い」など言われたこともあり、精神的ストレスが溜まっていきました。

そこで師長とも話し合い、1週間休養を取りまた出勤するようになりました。でも職場をやめたいという漠然とした気持ちは芽生えていました。ちょうどその時はみなさんご存じの東北の大震災があった頃です。

東日本大震災を機に、人生の転機が訪れる

3月15日、勤務終わりにある方から着信があったため、折り返しました。
その方というのは、実は私昔から信じれるものはお金しかないと思っていたので、趣味が貯金というなんともさみしい人生を送っていました。

看護師をしていたということもあるのか、それまでの人生で何一つ欲しいもの全部我慢して、23歳では2000万ぐらいの貯金がありました。
そのうち800万を投資していましたが、その投資先の方からの電話で、震災で暴落し、損切りもできない状況が続き、800万がマイナス850万になったと。

お金に執着があった私なので、その時はもう死のうかとまで思いました。3月の寒い中、真っ暗な家のなかで、ダウンを着て布団のなかで1週間暮らしました。

1週間たった時、私は家の近所の道で座ってぼぉーっとしながらただ立っていました。すると男の人が声をかけてきました。
私は泣くのを必死にこらえていたので、なぜかわかりませんが、初対面の男の人に声をかけられたことに優しさを覚えたのか号泣してしまいました。その男性は私をごはん屋さんに連れて行き、私は母以外に出来なかった投資の話を全部打ち明けました。

今となってはなぜ誰かもわからない人にあれだけ話したのかは不思議です。男性はいつも話を聞いてくれ、それからは毎週のように会っては話するようになりました。結局その方とは2年ぐらい会い続けたのですが、その方に2年かけて人生はお金でないということを学びました。

お金のために我慢していたやりたい事、看護師を退職し留学を決意!

あの投資話も裁判も決着が付き、ようやく落ち着きが見られました。そしてふと自分の人生を考えたときに私はお金のためにどれだけの希望や未来を捨ててきたんだろうと思いました。

中でも後悔していることは留学に行かなかったこと。姉は1年カナダに留学しましたが、私は留学するのにはお金が必要なのはわかっていたので諦めていました。
一度でいいから海外で暮らしてみたいと。前置きがかなり長くなりましたが、せっかくだから看護師をいかせるような仕事をしたいなと思うようになり、思い切って看護師をやめて留学しようと決めました。

留学する場所を選ぶにあたって

私は暖かい場所が好きで、海がすきです。雨と寒いのは本当に苦手なんです。
でも綺麗な英語を話すところがいいななどと思いました。英語圏で留学するところは色々ありますが、この条件を満たすところはマルタとオーストラリアかなとエージェントの方に言われました。フィリピンなどの選択肢もあったのですが、すこし訛りが強いらしく今回はやめておきました。

オーストラリアは昔2週間だけ行ったことがあり、日本と気候も似てるので、オーストラリアがいいなと思いました。オーストラリアも広く、選ぶのに苦労しましたが、私は4月に行こうと思っていたので、その頃にあったかいところと考えると、東部より西側のパースが候補にあがってきたのでパースにしました。
パースはそんなに都会でもないので学校は絞られていたため、レクシスという学校にきめました。値段も安かったので。

期間は親と話あい半年ぐらいにしました。ただ帰ってくる時期はあまり細かく決めませんでした。帰りたいときに帰りたかったからです。
留学したいと思った理由は昔からの夢でもあったのですが、海外にいけば何もかもがうまくいくと思ったというのもありました。しかし私にとって正直留学してなにを学んだかと言われるとやはり日本が一番いいということです。

海外でホームスティをしたのですが、実は帰りの飛行機のチケットを取って、その便にのるために空港に一人でいきましたが、実際はその便は数日前にキャンセルになっていたんです。
メールで送信したと言われましたが、日本の携帯のメールアドレスだったので見るはずもなく。飛行機は明日にかえてくれると言われたのですが、異国の地で泊まるところもなく、ホームスティしていたところに電話をかけると泊めてくれるということでした。

優しくてよかったと思っていたのですが、家につくと、晩御飯と宿泊費で日本円にして5000円ぐらい「ちょうだい」と言われ、周りに何もないので払いましたが、日本ではそんなことするかなと思ってしまいました。
それだけではありませんが、日本では考えられないことが起こるので正直日本にいるのが一番だという印象が一番大きいです。

もちろん英語はそれなりには上達しましたし、帰国後も病院で英語を使うことがあるので活かせる部分はあるのですが。留学をするというのは勇気がいることです。目的を見失わないようにするのと、日本ではないということをしっかり覚えていく方が失敗しないかなと思います。